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東京高等裁判所 昭和62年(ネ)1211号 判決 1988年10月27日

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは、各自控訴人倉本忠義に対し、金二一七六万〇九〇五円及び内金二〇七六万〇九〇五円に対する昭和五六年六月二六日から、内金一〇〇万円に対する昭和五七年四月一日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人らは、各自控訴人倉本國子に対し、金二一三六万〇九〇五円及び内金二〇三六万〇九〇五円に対する昭和五六年六月二六日から、内金一〇〇万円に対する昭和五七年四月一日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文同旨

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の補正)

原判決五枚目裏六行目の「被告国」及び八行目の「国」をいずれも「建設大臣」に改める。

(当審における主張)

一  控訴人ら

本件河川管理施設の構造、利用状況等からすれば、被控訴人らは、幼児が単独で本件階段に立ち入り、川に転落するかもしれないことを予期することは十分に可能であったのであるから、本件河川管理施設については幼児が絶対に階段内に立ち入らないような構造にすべきであり、しかも、そのような構造にすることは極めて容易なことであったのであるから、幼児の存在に着目した場合、本件河川管理施設は通常有すべき安全性を欠いていたというべきである。

二  被控訴人ら

控訴人らの右主張は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一  本件事故の発生

控訴人らの長男周一郎(昭和五一年一月二九日生れ、本件事故当時五歳四か月)が、昭和五六年六月二七日午前一一時八分、千葉県市川市行徳駅前一-一二-六所在新行徳病院で死亡したことは、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、周一郎は、同月二六日午後五時半過ぎ頃、祖父の倉本只男が本件階段内の踊場で釣りの準備をしているのを認め、他の釣竿一本を持って右階段の所まで来たところ、これを受け取った同人から、危ないから帰るように言われていったんはその場を離れたものの、同人がうなぎ釣りの道具を取りにすぐそばの自宅に戻っている間に、本件階段外側の鉄柵の間から本件階段内に立ち入り、階段を上り、踊場を経て、階段を下りた後、平場に至り、平場若しくはそれに接続したフーチングから足を滑らして旧江戸川に転落し、その結果、溺死したものと推認することができ、<証拠>中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らしてたやすく措信できず、他に右推認を覆すに足りる証拠はない。

二  本件事故現場の状況

<証拠>によれば、次の事実が認められる。

1  旧江戸川は、上流の千葉県市川市河原付近にある江戸川との合流点からほぼ南西に流れた後おおよそ南に向きを変え、東京湾に注ぐ流路約十数キロメートルの利根川水系の一級河川であって、本件事故現場は右合流点から約二キロメートル下流にあたる。

2  本件事故現場にあたる旧江戸川左岸(東側)堤防の本件河川管理用階段周辺は、昭和四四年に開通した地下鉄東西線の行徳駅に近く(五、六〇〇メートルの距離)、いずれも旧江戸川に平行して存する幅四・四八メートルのコンクリート製の裏小段及び幅五・五メートルの河川管理用通路(いずれも別紙(一)、(二)の各図面参照)を隔てて住宅地域に接している(右のうち、本件事故現場と行徳駅との間の距離及び「いずれも旧江戸川に平行して存する」との点を除いたその余の事実は、当事者間に争いがない。)。右河川管理用通路は、事実上一般道路と同様の状況で交通の用に供されていて、交通量も相当程度あり、また、裏小段も、付近住民の不用品置場や洗濯物の干し場等として使用されている外、散歩等一般人の通行の用に供されている。

3  本件事故現場には、別紙(一)、(二)の各図面に示すとおり、河川管理施設としての堤防等(本件河川管理施設)が次のように設置されている。

(一)  旧江戸川左岸には、高さ一・三五メートル、幅五〇センチメートルのコンクリート製護岸堤防があり、この堤防天端には、高さ七〇センチメートルの鉄パイプを一メートル間隔に立て、これを横二段に結んだ鉄柵が設置されている。

(二)  右堤防を跨ぐ形で昇降用の河川管理用階段(本件階段)が設置され、その裏小段側からの上り口には鉄パイプ製の施錠された門扉が設置されているが、その門扉は階段の二段目に設置されており、その高さは九〇センチメートル(下方の空間二〇センチメートル)で、扉の鉄パイプの各間隔は、一五・四センチメートル、一四・六センチメートル、一五・四センチメートルである。また、本件階段の外側側面にも鉄パイプ製の鉄柵が設置されているが、それは階段の二段目から階段に沿って設置されており、鉄柵の高さは、階段の二段目底面からは九二センチメートル、裏小段からは一・二二メートルであり、鉄柵の間隔は、低い方から順に二四・八センチメートル、二四・八センチメートル、二七・二センチメートル、二六・三センチメートル、二六・四センチメートル、二七・二センチメートルである。

(三)  本件階段を上ると踊場があり、そこからは旧江戸川の川面側に向かって下る階段があり、その先にコンクリート製の平場があって、そこは満水時には水没する(以上の各事実は当事者間に争いがない。)。

平場は水平であったが、それに接続したフーチングは川面側が幾分低い傾斜となっており、冠水時や降雨時にはフーチングのみならず平場も滑りやすい状態となる。

なお、本件事故現場における平場付近の水深は、満潮時で約一・五、六メートルであったが、本件事故当時は干潮時に近かったこともあって、おおよそ七、八〇センチメートル程度であった。

4  裏小段は、コンクリート製護岸の一部を構成するとともに、護岸の補強、水防活動等の際の資材の搬入道路又は河川管理のための道路として、平場は、河川の測量や護岸の管理のための施設として、河川管理用階段は、平場に至る施設として、それぞれ設計設置されたものであり、右の各施設は、元来、河川管理に携わる者のみの利用を予定して設置されたが、現実には、同時に危険防止の観点から公衆の侵入を防ぐための施設としての配慮もなされていた。

そして、このような本件河川管理施設とほぼ同等の構造を有する施設が、本件事故現場だけでなく、旧江戸川の左岸の上、下流の各所に築造されており、右岸の一部にもあった。

5  ところで、本件事故現場を含む旧江戸川左岸の護岸堤防は、従来、現存するものよりもはるかに低く、金網はあったものの、裏小段から旧江戸川の川面が金網を通して見える状態であったが、地盤沈下等があったところから、被控訴人千葉県は、高潮等による洪水の防止及び公衆の転落防止をも目的として、昭和五三年から五四年にかけて左岸堤防の嵩上げ工事を行い、その結果、先に見たような現況となったものである。

6  本件事故当時、本件階段入口付近に「あぶないこのへんであそんではいけません」と書かれた警告を表示する看板があり(この事実は当事者間に争いがない。)、右の看板は、黄色のカラー板の上に赤と黒の字で書かれたものであった。

7  前記のとおり、河川管理用通路や裏小段は一般の通行の用に供されてはいたものの、裏小段の利用目的は事実上かなり制限されており、また、本件事故現場の踊場、平場及びフーチング等には、本件階段を利用して入った者が釣り等に興じていることもあったが、その数はさほど多くはなく(本件事故後、右現場を含む三箇所の階段から入る者の数を午後五時一五分頃から五時半頃までの約一五分間にわたって調べた結果では、合計で約一〇日間の平均が二、三人程であった。)、しかも大人が大半であって、子供は親に付いて来た者や子供達だけで水遊びをする者等であった。そして、すぐ近くに幼児が遊ぶことのできる公園もあって、本件事故現場付近が幼児の格好の遊び場となっていたものではなかった。

また、本件階段に隣接して押切水門があり、被控訴人千葉県から右水門の管理の委託を受けている同県市川市は、近くに職員を住まわせて右水門付近を日に数回見回らせているが、その際、右職員は親子連れの姿等を見掛けても、特にそれを制止したりして注意することはなかった。

8  旧江戸川左岸では、昭和四六年九月に七歳の子供が、昭和四八年九月に四歳の子供が、昭和四九年七月に七歳の子供が、また、本件事故後である昭和五六年八月には七歳の子供がそれぞれ旧江戸川に転落して死亡する事故が発生し、更に、昭和五〇年五月には四歳の子供が、前記嵩上げ工事後である昭和五四年七月には五歳の子供がいずれも本件事故現場の平場若しくはフーチング付近から足を滑らして旧江戸川に転落し、後者の場合は救助されたものの、前者については死亡するに至るという事故が発生している。なお、本件事故後、本件階段入口には幼児の侵入を防ぐため、板や有刺鉄線が張られた。

以上のとおり認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  被控訴人らの責任について

建設大臣は河川法九条一項の規定により旧江戸川を管理する者であり、千葉県知事は同条二項の規定に基づき建設大臣から委任を受けて旧江戸川左岸の指定区間を管理する者であって、被控訴人千葉県は同法六〇条二項の規定によって知事の統轄する地方公共団体として右指定区間内の旧江戸川の管理に要する費用を負担する者であること及び本件事故現場が知事が管理の委任を受けた指定区間内にあることは、当事者間に争いがない。

控訴人らは、本件事故は旧江戸川左岸の本件河川管理施設の管理の瑕疵によって生じたものである旨主張するので検討するに、本件河川管理施設は、高潮時による災害の発生を防止するための護岸施設及び河川の測量や護岸の管理のための施設として構築されたものであるところ、先に見たその構造内容等からすると、河川法上河川管理の目的として規定されている洪水、高潮等による災害の発生の防止及び流水機能の維持に資するには、有効かつ適切なものであるということができる。

ところで、本件階段は、大人は上り口の鉄パイプ製の門扉を乗り越え、幼児は外側側面の鉄パイプ製の鉄柵をくぐり抜けて、その内部に立ち入ることができ、その場合、踊場、内側下り階段を経て平場、フーチングに至れば水面に達することができ、平場、フーチング、特にフーチングは水面に向かって傾斜があって滑りやすく、そこから転落した場合、同所付近の水深や周囲の状況に照らすと、幼児の場合には溺死する危険があり、現に、本件事故現場及びそれに近接したほぼ同等の構造を有する旧江戸川の左岸堤防内で本件事故とほぼ同様の幼児の転落死傷事故が数件起こっていることは、先に見たとおりである。

しかしながら、右幼児のくぐり抜けは、鉄の柵と柵の間隙を縫ってようやく可能なものであるうえ、そのように本件階段から河川管理施設内に立ち入ることができても、直ちに水面に達するものではなく、八段程の上り階段、面積約二・五メートル四方の踊場、更には二十余段の下り階段を経て初めて平場に達するのであり、しかも、平場自体には傾斜はなく、傾斜があってより滑りやすくなっているのは、平場の更に先に接したフーチングなのであって、このように、本件河川管理施設内に立ち入ってから転落危険箇所に至るまでには幾つかの、それも、幼児にとってはかなりの労力を要する過程を経る必要があり、しかも、右上り階段から踊場に近い地点に至れば川面が見渡せ、幼児としてもその地点でそこから川面に至る概況を知り得るのである。そのうえ、本件施設内の階段や事故現場付近はもとよりのこと、裏小段も一般の通行の用に供されていたとはいえ、日頃住民が多数集合する場所となっていたり、幼児の格好の遊び場となっていたわけでもない。また、本件階段入口には子供でも容易に理解できる立入禁止の看板が立てられ、鉄柵からなる立入りを禁ずるための柵が設けられているのであって、これらの諸事情に鑑みると、本件河川管理施設は、その設置目的に従って通常備えるべき安全性を備え、施設自体の安全性に欠けるところはなく危険防止の措置としても十分であったといわなければならない。

控訴人らは、本件河川の管理者である被控訴人らは、幼児が単独で本件階段に立ち入り、川に転落するかもしれないことを予期することは十分に可能であったのであるから、本件河川管理施設については幼児が絶対に階段内に立ち入らないような構造にすべきであり、しかも、そのような構造にすることは極めて容易なことであったのであるから、幼児の存在に着目した場合、本件河川管理施設は通常有すべき安全性を欠いていた旨主張する。

確かに、先に見たように、本件事故以前にも本件とほぼ同様の幼児の旧江戸川への転落死傷事故が本件事故現場を含む旧江戸川左岸において発生しており、河川管理者である被控訴人らとしては、これらの事故を知り、あるいは知り得べき立場にあったと認められるし、本件河川管理施設内に幼児が単独で出入りすることを禁ずることは、必ずしも困難なことではない。しかしながら、そもそも、自然公物たる公共用物にあたる河川は、元来、その管理目的に抵触しない限り、公衆一般の自由な使用に供されるべきものであるが、河川は水死等の水難事故の危険性をその本来の性質として内包しているものであることに鑑みると、その自由使用に通常伴う河川の危険も、本来、利用する者(幼児等についてはその保護者)の負担に帰すべきものといわなければならず、しかも、先に見た本件河川管理施設の構造及び幼児が平素親達からその危険性について注意を受けているであろうこと等に鑑みると、幼児が全く単独に、本件階段に立ち入ったうえ、平場等の前記危険箇所にまで至るということは、数少ない事柄であり、本件事故も、周一郎が親達(祖父)とは無関係に全く単独で立ち入ったことによって生じたものといえるかは疑問であり、少なくとも親達(祖父)の立入りの際、これに触発されて立ち入ったことによって発生した事故であるということができるのであって、本件河川管理施設の施設自体の安全性に欠ける点があるとはいえない本件の場合、本件河川管理施設の管理者である被控訴人らにおいて、本件河川管理施設への幼児の立入りを完全に防止するまでの義務があるとは認められないというべきである。控訴人らの右主張は採用できない。

以上の次第であるから、本件河川管理施設は、河川施設として通常有すべき安全性を欠いていたものではなく、被控訴人らには、右施設の設置、管理につき瑕疵があったということはできない。

四  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、控訴人らの本訴請求は理由がないことに帰するから、これを棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であり、本件各控訴はいずれも失当としてこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安達 敬 裁判官 鈴木敏之 裁判官 滝澤孝臣)

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